―――星―――

「よかったね、ヴァニラ。」
保健室からの帰り道、アイシャは横にいるヴァニラに話し掛けた。
彼女は我が事のように喜んでいるようで、にこにこと始終笑顔だ。
「えぇ、あれだけ見つからなくて…諦めかけていたから、余計に嬉しい。」
図書館で数十冊の本を探しても【星】についての手がかりは殆どなかった。
それなのに、保健室に行くとすぐに知識のある人がいて、
実際に見せてくれて、説明してくれて、資料も貸してくれた。
行き詰まっていたのが嘘のようなとんとん拍子だった。
「じゃあ、ヴァニラ。レポート頑張ってね。」
「えぇ。それじゃあ、またね。」
手を振って2人の少女はそれぞれの部屋へと帰っていった。


資料と知識、そして実際に見たもの
それらがあればレポートを書くのなんてすぐのはずだった。
けれど…
机に向かったままのヴァニラは、目を伏せる。
「やっぱり、駄目。」
ぽつりと、呟いた。
部屋に戻った彼女はレポートを書くはずだった。
しかし、彼女の手元のレポート用紙には一文字も書かれてはいなかった。
決して難しいものを書くからではない。
「…行かなきゃ。」
ヴァニラは机の上の厚みのある赤い本―保健室で借りた資料―を持って部屋を後にした。



保健室のドアの前でヴァニラは立ち止まった。
軽く深呼吸をして目の前のドアに手をかけた。
「失礼します。」
ドアを開けると、先ほどと同じように保健医であるマリンスノーとカプチーノがそこにはいた。
「あら、ヴァニラちゃん。どうしたの?」
丁度、読み終わった絵本をパタンと閉じて保健医は尋ねた。
「この本をお返ししようと思って。」
そう言って、ヴァニラは借りた本を差し出した。
「…レポートは?」
横からカプチーノが問うと、彼女は目を瞑り、答えた。
「レポートは、まだ書いてないわ。でも、良いの。別のことを書くから。」
「どうしてか、聞いても良いかしら?」
そう言って、ヴァニラに座るようにスノーは勧めた。
いつのまにか、テーブルには温かい紅茶が、やはり人数分並んでいる。
ヴァニラはソファーに腰掛けると、口を開いた。
「レポートに書くことを考えてるときに、思ったの。
私が書きたいのは星のこと。
でも、それはただの言葉として書きたいんじゃなくって、
自分できちんと理解して書きたいって…そう、思った。」
ヴァニラは顔を上げて、
「私にも気づけるって、あなたは言ったわ。」
「うん、言ったよ。」
彼女の言葉に、軽く頷く。
数刻前の事を、忘れるはずも無い。
「その言葉を信じたいの。
そして、気づいたときにもう一度調べたいって…
課題として終わらせるより大変な事だけど、自分の人生をかけて答えを出したい。」
はっきりとした声でヴァニラはそう伝えた。
それは、決意表明のようにも聞こえた。
「そう…」
「あ…な、なんだか偉そうに… せっかく、本も貸して貰ったのに…ごめんなさい。」
「良いのよ。ふふ、そうなると思ってたから。」
謝るヴァニラにスノーはふんわりと優しく微笑んだ。
「君はこの道を選んだんだ。きっともうすぐ気づくよ。」
カプチーノも同じように優しく微笑んだ。
まるでどちらも、こうなる事を知っていたかのように穏やかに。
「…そうだと、嬉しい。じゃあ、失礼します。」
ヴァニラはぺこりとおじぎをして保健室から出ていった。
その足取りに迷いは微塵もなかった。


ヴァニラが出ていった後、マリンスノーは持っている絵本をもう一度開いた。
「少女は闇の中、唯進んでいきました。
真っ暗な闇。けれど、少女は信じていました。
自分も星であるということを。
その答えを出す為に長い長い旅をした。
だからこそ、彼女は信じていました。

…いつしか、少女はあたりが明るくなっていることに気づきます。
それは少女自身の輝き。
少女の答えは正しいものでした。
やがて少女は闇を照らす星になりました。
全ての愛しき者を包み込む星に……」
「…ガナッシュ君がヴァニラちゃんにプレゼントした絵本。
知らず知らず、同じ道を辿っているね。」
絵本の最後を読み返した彼女にカプチーノは話し掛けた。
「えぇ。この絵本を書いたのは、あの子達に流れる血の始まりだもの、ね。」
彼女は少しだけ、伏せ目がちに呟いた。
ほんの少しの、憂いを含んで。
「そうだね。」
彼女の隣に腰掛け、手を握りながらカプチーノは言った
「そう遠くない日に、彼女はきっと気づく。
そうなったら…

彼女は本当の意味で【星】になるだろうね。」



――後に、コヴォマカ王国のウィル・オ・ウィスプに一冊の本が寄贈される。
本の作者はヴァニラ=ナイトホーク。
そこには彼女が見つけた、【星】についての知識が詰まっていた。
そして、最後のページに記されていた彼女の答えは――


――私たちこそが、世界を照らし煌く星―

第4話

あとがき

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