―――星―――

語り部のように、マリンスノーは話し始める。
どこか神秘と、人ではないものの威厳を含んで。
「生きとし生けるもの全ては星よ。唯、目覚めていないだけ。
それは決して輝きを失いはしない。それは必ず誰もが持っているもの。
それは強く、時に儚いものであり、全ての根源。
生命の本質に気付き、自らの星に目覚めた子達は自ずと星を扱えるようになるのよ。」
そこで、ヴァニラは出された紅茶を飲みながら、ふと
エトワールと言う詩人の書いた【星全集】の中の詩を思い出す。
彼女の語る内容と、よく似ている。
「…じゃあ、星は、生命そのもの?」
「まぁ、似たようなものだね。もっと純粋で簡単だけれど。」
少女の問いに、答えたのはカプチーノだった。
「いつか、君も気付くよ。」
ヴァニラに微笑みかけたその瞳には、優しい光が宿っていた
真っ直ぐに信じている、瞳。
よく似た光を宿した瞳を、私は知っている。

―いつか気付ける…私でも?―

信じてもらえる自分で、いられるのか。
ふいに不安がよぎる。
その光から、一度は逃げ出してしまったから。
そんなヴァニラの心を見透かしたかのようにアイシャは言う。
「今のヴァニラは、自分で思ってるよりも強い人よ。だから、きっと大丈夫よ。」
はっとして隣のアイシャを見ると、彼女はやんわりと微笑していた。
彼女が言うと、本当にそんな気持ちになるから不思議だと、ヴァニラは思う。
唐突に、マリンスノーが立ち上がり近くの本棚の中の何かを探し始める。
「スノー。4段目の左から6冊目だよ。」
何を探しているのかを言ってはいなかったのに、全てが分かるかのようにカプチーノは彼女に告げる。
すると、その通りの場所にお目当ての本があったらしく、それを抜き取り戻ってくる。
「ありがとう。」
「どういたしまして」
お礼の言葉を口にする彼女に、当然のことをしたまでと言わんばかりの表情のカプチーノ。
傍から見て、それはまるで夫婦の様だ、と2人の少女は思った。
実際に夫婦のようなものなのだが…少なくとも、ヴァニラはそれを知らない。
マリンスノーは持っていた本を、ヴァニラに手渡す。
「ここに、詳しく書いてあるから。参考にするといいわ。」
素直にその本を受け取る。
結構な厚みがあり年代物らしく、落ち着いた赤い色をした本だった。
時というものに色があったのならば、きっとこんな色だろう。
「何から何まで、ありがとう。」
そっと本を抱え、ぺこりと頭を下げる。隣のアイシャも、同じように頭を下げた。
「気にしないで。また何か分からない事があったらいつでもきて。
知っている範囲であればいつでも教えてあげるわ」
「はい。じゃあ、失礼しました。」
「失礼しました。」
最後にもう一度頭を下げてから、少女達は保健室から去っていった。
きっと、すぐにでもレポートに取り掛かるのだろう。


足音が聞こえなくなるのを確認して、少年は口を開いた。
「良いの?真理を教えちゃったりして。しかも、禁書まで貸しちゃって。
あれ、普通の人に読ませちゃ駄目なんじゃなかったっけ?」
「ふふ。じゃあ、何故あなたは止めなかったの?あまつさえ、協力したじゃない。同罪よ?」
くすくすと女性は笑う。分かっているのでしょう?と言わんばかりに。
「親は子に甘いものだよ、スノー。悩んでいるならば、力になりたいと思うものさ」
「なら、私と一緒」
「…だね。」
マリンスノーは、自らの好みの温度になった紅茶に口をつける。
「それに、もう分かってるのでしょう?このお話の結末を。」
「勿論。それじゃあ、その時まで待ちますか。」
「えぇ。そうしましょう。」
「待つまでの間、暇になるね。」
「それもそうね…じゃあ、絵本でも読んであげましょうか?」
彼女の提案に豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしてから「子供じゃないんだけど。」と少しいじけた様子になる。
「18だったら、私からすればまだ子供よ。」
大精霊である彼女にとっては、あのグラン=ドラジェでさえ子ども扱いだ。
18歳なんて、実際は赤子にも等しい感覚だろう。
くすくすと笑いながら更に「暇なんでしょう?」と言葉を重ねる。
悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「……分かったよ、降参。で、何を読んでくれるんだい?」
「素直でよろしい。そうね、これなんてどう?」
彼女の出してきた本を見て「あぁ、なるほど」とカプチーノは納得した。
「そういう事。うん、それがいいかな。」
それから二人は暇つぶしに絵本を読み始めた。
それは、とても平和で幸せそうな光景だった。

光の無い、常闇の中にありながら
自分を見失わずにいられるのは、きっと―

第3話

最終話

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