―――星―――

窓をあければ、さやさやと風が頬を撫でる。
少しばかり肌寒いが、意識が冴えるから好ましい。
空は青く澄み渡り、一枚の名画のように美しい。
部屋の外からは、子供達の元気そうな声が聞こえる。
「平和ね…」
雪の様に光り輝く、流れるような白銀の長い髪。
鳩の流す血の如く紅い瞳。
かつて争いのあった事を知りながら尚、平和だと女性は呟いた。
「そうだね。」
彼女の漏らした言葉に微笑みを湛えながら、賛同するものがいた。
深い森色の髪を束ねた、太陽を思わせる黄金と淡い紫水晶を思わせる薄紫のオッドアイを持つ少年だった。
少年の名はカプチーノ=マロウアッセ。
ここ、魔法学校でマドレーヌの担当するクラスの生徒で
窓から外を眺める女性の、前世よりの恋人。
女性の名はマリンスノー。
人間の姿であるが、実際はそうではない。
偉大なる闇と光の大精霊の下に産まれし者。
闇よりも、そして光よりも上位の属性である夢を司る大精霊。
とは言っても、この場に居る間は魔法学校の美人で有名な唯の保健医だった。
ふと、カプチーノは部屋の扉を見つめ、そして提案する。
「…紅茶でも淹れようか?」
「えぇ。寒いからホットで。そうね…アールグレイのミルクでお願い。」
「了解。」
注文を承ると、彼は保健室の奥のキッチンへと消えていった。
この学校では、下手をすると授業とは関係ない趣味に没頭して、
食事をとらず倒れるもの―あろうことも、教師―がいるのだ。
呆れながらも見過ごせない保健医は、保健室を改装して奥に簡単なキッチンを作ったのだ。
親切のささやかな見返りが、自分達自身も自由に調理が出来ると思えば、悪くないと彼女は思う。
そんな事を考えていると、控えめに扉をノックする音が響く。

―保健室なんだから、わざわざノックしなくてもいいのに―

丁寧な行動に、くすりと笑みを漏らす。
「どうぞ?」と訪問者を招きいれる。
「失礼します…」
入ってきたのは、学校の生徒である二人の少女だった。
そして、その内の一人はノックをしたであろう保健委員の少女だった。
「いらっしゃい、アイシャちゃんにヴァニラちゃん。
とりあえず、お話は座ってからね」



「…と、言うわけなんですが」
ヴァニラは手短に用件をマリンスノーと、紅茶を『4人分』持って来たカプチーノに説明した。
訪問してから用意するなら分かるのだが、どうして彼が訪問時に丁度紅茶を、
しかも人数分淹れ終っていたのか気になったが、今は【星】について調べるのが先だ、と
ヴァニラは、あえて浮かんだ疑問を見てみぬ振りをした。
「成程。星を調べる、か…良いでしょう。知っている事なら教えてあげるわ。」
「あ、ありがとうございます!」
彼女にしては、珍しくぱぁっと顔を輝かせるヴァニラ。
どうやら、余程行き詰まっていたとみえる。
そんな彼女ににこりと微笑みかけ、マリンスノーは続ける。
「気にしないで、これ位。むしろもっと頼ってもらっても良いんだし。
…んーと、そうね。まずは実際に見たほうが早いかしら?」
首を傾げながら、隣に座っている少年に目配せをする。
すると、彼は小さく言葉を紡ぎ始めた。
それは、呼びかけ。
魔法を使うものにとって、己の属性の精霊を呼び出す初歩の言葉。
しかし、ヴァニラの知る属性の呪文ではなかった。
「コールフィラメント」
歌うように彼が呼びかけると、やんわりとした輝きが集まり形となる。
それは星。星の形をした精霊だった。
呼び出された星は楽しげにくるくるとカプチーノの周りを漂っている。
彼は星に手を差し伸べ、2人の少女に微笑みかける。
「「!」」
2人は驚きを隠せなかった。
ただし、二人ともが同じ理由で驚いたわけではない。
「まさか…あなたも【星】の魔術師だったなんて」
驚きの声を漏らしたのはアイシャだった。
紅い目を丸くして、驚いている。
「『も』って事は、知ってるんだね。もう1人のこと。」
アイシャはこくりと頷く。
「……こんな近くに、【星】の魔法を扱える人がいたなんて。」
触れれば崩れてしまいそうな数の本を積み上げ、読み漁り辿り着けなかったのに。
こうも、あっさり【星】を知る者にめぐり合うなんて。
今まで調べていた時間は、何だったのだろう。
「あら。もう1人、あなたのよく知ってる子も【星】の魔術師よ。」
呆然としたまま呟くヴァニラに、その言葉は更に衝撃を与えた。
「私の、よく知っている人が…?」
「そう。あなたもよく知っているはずでしょう?自ら好んで闇の衣装を纏う光の如き少女の事を。」
「!…リア。」
マリンスノーの言葉に、1人の少女にいきあたる。
彼女の弟であるガナッシュと、共に在ろうとする少女。
光を扱う事も出来るのに、光の衣装を纏わず闇の衣装を纏う少女。
リア・フィン・ラズベリー……ガナッシュやヴァニラを絶望から救い
再び、陽の光りの下へ導いてくれた娘。
ヴァニラやガナッシュがここ、ウィルオウィスプに戻る事になったのも彼女が導いたから。
そうでなければ、ガナッシュは要人としてだけの日々を。
ヴァニラもまた同じく、心休まらぬ時を過ごしていたかもしれない。
リアには、運命を変える力があるんだ。
彼女の弟が口にした言葉を、ふと思い出した。
「えぇ。今のところ、【星】の魔法を人の身で扱えるのは、ここにいるカプチーノとリアちゃんだけ。」
「選ばれたものだけが使える、ということですか?」
ヴァニラは率直に疑問を口にする。
人の身で扱えるのは、2人だけ。つまりは、どのプレーンを探しても他に扱える人はいないのだ。
それがどれだけ僅かであるか、言うまでも無いだろう。
しかし、マリンスノーは首を横に振る。
「いいえ、違うわ。本当は誰でも使えるのよ。
転生を繰り返し、星へと孵化し、そして自らの内にある星に気付けば。」
聞き入り始める少女達を見て、マリンスノーは問い掛ける。
「ヴァニラちゃんや、アイシャちゃんは、生きもの全ては何が元になっていると思う?」
「「え?」」
唐突に質問をされ2人は悩みだす。
「えっと…こ、心?」
「…元素。」
「ん〜、間違ってはいないんだろうけど、ね。」
「そうだね。でも、この質問の答えとしては間違いだね。」
2人の少女が出した答えに、マリンスノーとカプチーノは苦笑する。
「今の質問の答えは星だよ。皆、星で出来ているんだ。」
「星で、出来てる??」
理解不能と言わんばかりに首をかしげるヴァニラに対し、アイシャは納得したようだった。
恐らく、もう1人の【星】の魔術師に聞かされたことがあるのだろう。
そんな彼女等を見つめ、マリンスノーは涼やかな声で語り始めた―…

闇の只中でも消えることの無い、希望。
その希望を、私は信じているの。

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