―――星―――

「♪〜」
深紅の髪をなびかせて、少女は親友のいる図書室へと向かっていた。
口ずさむ歌声から、ご機嫌である事が容易に分かる。
その手には、作ったばかりの手作りクッキーを持っていた。
ふと立ち止まり、瞳を、瞼の上からそっと撫でる。
親友である彼女が「ルビーみたいで綺麗ね。」と言ってくれた瞳。
お陰で、好きになれた真紅の瞳に。
そんな優しいあの人に喜んでもらえると良い。と少女は思う。
その様子は、さながら遠足を楽しみにしている子供の様だった。

かろやかな足取りで、すぐに図書室へと辿り着く。
読書中の人たちの迷惑にならないようにと扉をそっと開け、同じように静かに扉を閉める。
それから辺りを見回し、彼女の姿を探す。

―みつけた―

本に読みふけっている親友の姿を見つけ、声をかけようと歩み寄る。
「ヴァニ…」
呼びかけ様とした刹那、机に突っ伏した彼女にアイシャは慌てた。
「ヴァニラ、ねぇ大丈夫!?」
心配し、様子を見ようと顔を覗き込む。
まさか、何かの病だろうか、と一抹の不安がよぎる。
不安をよそに、すぐにワイン色の瞳が開き、見返してきた。
瞳には、しっかりと生気が―若干、疲れてはいるが―宿って見える。

―大丈夫みたい―

アイシャはほっと胸をなでおろす。
落ち着けば、周りから非難の視線が向けられていた。
どうやら、思っていたよりも大きな声を出してしまったらしい。
ほんの少し、申し訳なさでアイシャは萎縮してしまう。
そんな様子に、ヴァニラは苦笑しつつ返事を返す。
「大丈夫。…こんにちは、アイシャ。」
「こんにちは、ヴァニラ。あの、これ私が作ったクッキーなんだけれど…」
いかにも女の子らしく可愛くラッピングされたクッキーを、ヴァニラに手渡す。
赤いリボンの括られた透明な袋の中には、星型のクッキーが見て取れた。
「ありがとう。」
その贈り物をそっと手で包み込み、微笑むヴァニラ。
ほんのりと温かいそれは、作ってすぐにこちらに向かった事を意味していた。
温もりが手から伝わり、疲れて冷えていた心まで癒し、温めてくれるかのように感じた。
ヴァニラの隣の席に腰掛け、つられてアイシャもにっこりと微笑む。
アイシャ・ティルファ。彼女は、学園に戻ったヴァニラの新しい友達。
彼女も属性は違えど、ヴァニラやガナッシュと同じく精霊の血を引いている。
その事もあり、出会ってから親しくなるのにそう時間はかからなかった。
今では、まるで昔からのように2人はとても仲が良い。

親友の無事を確認し用件を果たしたアイシャは、視線を机の上に置かれた本へと移す。
「調べ物?たくさん本があるけれど…」
積み重ねられたものの一番上の本を手に取り、開く。
「エトワールの【星全集】…私、この本好きだわ。」
普段の大人びた表情ではなく、屈託の無い14歳の少女らしい笑みを浮かべてアイシャは話した。
同性でも思わず見とれてしまうような笑みだった。
時の精霊―しかも、大精霊―の血を引くものらしく、時を止めるかのような。
「ヴァニラは、好き?」
話し掛けられ、はっと我に返り、慌てて答える。
「そ、そうね。えぇ、好きよ。」
答えてから、ふとヴァニラは気付く。
目の前にいるアイシャは、同世代とは思えないほどとても博識だ。
それに、200年前の知識も持ち合わせている。
また、かつてはある王を補佐する神殿にいたという。
一般には出回らない、伝説や歴史などにも詳しいかもしれない。
―もしかしたら、【星】について何かしっているかも―
それは一種の賭けだった。
彼女ほどの人物が何か知らないのであれば、これ以上調べても何も出てこない気がした。
だから、もし彼女が知らなければ別のものを調べよう。
自らと、改めて向き合う意味で【闇】について調べるのも、いいかもしれない。
そんな思いから、ヴァニラは彼女に問い掛けてみた。
「ねぇ、アイシャ。実は…」

事のあらまし、【星】について調べている事を告げる。
それを聞き、彼女は少しだけ考え込む。

―やっぱり、アイシャでも駄目なの…?―

諦めかけたその時、彼女は口を開く。
「知っているけれど…きっと私よりも、スノーさんのほうが詳しいんじゃないかな?」
予想していなかった人物の名が出てきて、思わず聞き返す。
「スノーさんって…あの、保健医の人?」
保健医のマリンスノーと言う人物がいる。
魔法薬担当のペインと同じく、比較的新しく学園に来た教師だ。
外見も伴い、生徒からの人気がある人物だ。
いや―…人物と言うのは、語弊があるだろう。
「えぇ。あの人はあぁ見えて、大精霊だから。」
そう。知る者は僅かだが、彼女は人ではなく純血の大精霊なのだから。
ヴァニラもアイシャも、それを知る数少ない生徒の1人だ。
ただし、ヴァニラは大精霊であることは知っていても、何の属性を司るかまでは、知らなかった。

―まさか、【星】…なんて、都合が良すぎるわ。―

思いついた予想に、静かに首を振る。
「…アイシャ。一緒に行ってくれる?」
「うん、勿論。」
アイシャの提案により、二人は保健医であるマリンスノーの仕事場。
すなわち、保健室へと向かう事にした。

もっとも、本を片付けるのに思いのほか時間がかかってしまい、
訪ねるのはしばらく後になるのだったが。

夜の闇はとても深く、気を抜けば飲み込まれてしまいそうなほど。
けれど、私は決して歩く事をやめなかった。

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