―――星―――

それはとても小さくて
それはとても大きくて

何よりも強く
何よりも儚く

どんな時も
どんな場所でも
輝きを失わないもの

誰もが求め
誰もが持っているもの

【星】とはそんなものだと
彼の少女は謳った

―エトワール・リュイール―

ワイン色の髪を風に遊ばせながら、本に向けていた紫の瞳を一度閉じる。
「…星は、誰もが持っているもの?」
再び目を開け、ヴァニラ=ナイトホークはもう一度物語を読み返す。
最後のページを再び読み終われば、ため息交じりでそう呟いた。

―調べれば調べるほど、分からなくなってくるわ…どれが、正しいの?―

こんな事ならば、もっと別のものを調べれば良かった。
過去の自分の選択にほんの少し後悔し、先程よりも深くため息をついた。
無理もないだろう。ここ数日、彼女は膨大な数の資料を読みつづけているのだ。
それを証明するように、傍らにはほんの少しの衝撃でバランスを崩しそうな本の山が幾つも置いてあった。
これ程読んでいるにもかかわらず、読めば読むほどに底なし沼のように謎が深まっていく。
蓄積された謎が解き明かされる日が、本当に来るのだろうか?
常に、そんな考えがよぎるほど深刻な状況だった。
「…アプリコット先生さえいれば、こんな事にはならなかったのに。」
心の中で呪いながら、彼女は倒れるように机に突っ伏した。

事の起こりは一週間前。
何時ものように、担任であるアプリコットの耳にたこな惚気から授業は始まるはずだった。
教室の扉が開き、誰もが身構え―ある者は、耳栓を装着し―てのろけを受け流すつもりだった。
しかし、扉が開かれると同時に教室に居た生徒達は肩透かしをくらったかのような顔をする。
無理も無い。扉の向こうから現われたのは、金の髪を持つアプリコットとは似ても似つかない
闇夜のように黒く長い髪を持つ、魔法薬担当のペインだった。
すらりと伸びた脚は、迷う事無く教卓へ歩を進める。
教卓へ辿り着けば、教室の全生徒を視界にいれて彼女は口を開いた。
「皆にお知らせだよぉ。
アプリちゃんが、結婚一周年記念で虹のプレーンに旅行に行ったのでぇ、今日から1ヶ月は自習だよぉ。」

……………………は?

理解不能と言わんばかりの沈黙。
暫しの後、何とか我に返ったヴァニラは、彼女の言った言葉の一部を聞き返す。
「ペイン先生。今、1ヶ月とおっしゃいましたか?」
結婚一周年記念で旅行と言うのは、あの歩く惚気の夫婦ならあり得る事だ。
しかし、一般的に旅行といえば、2、3日。長くて1、2週間だ。
1ヶ月は、幾らなんでも長すぎる。
聞き違いである事を願い、ヴァニラは未だ固まったままの生徒を代表して質問したのだ。
「言ったよぉ。何かねぇ、1週間やそこらでは愛を語らうのに足りないんだってぇ。」
何て非常識な。
ヴァニラを含み、半数以上の生徒―或いは、全員―がそう感じただろう。
そんな事とは露知らず、ペインは気にせず話を続ける。
「でぇ、課題として皆にレポートの提出をしてもらうよぉ。出さなかったら点数大幅に下がるんだって」
「先生ー。何のレポートですか?」
ようやく我に返り始めた他の生徒が、彼女に問い掛ける。
「ん、属性とかプレーンの事をどれか1つ、好きに調べてくれていいよぉ。」

―好きに調べていい―

何とも曖昧い、かつ自由溢れる言葉に、クラス全員が今度は悩みだした。
その様子を見て、何故か満足げにペインはにんまりと笑みを浮かべる。
「じゃあ、少年少女達頑張ってくれたまえ〜」
ひらひらと手を振って、教師らしからぬ女性は素っ気無くそう言い放って去っていった。
その後しばらくは、誰一人教室を出る事なく、悩みつづけたという。


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、悩む生徒達に帰りの時間を知らせる。
各々が、ある者は悩みながらも教室から出て行く。
ヴァニラも席から立ち上がり、寮へと戻る事にした。
部屋へ戻る道中も、レポートの題材について考えていた。
属性と言っても、一般的に知られているものだけで15種類。
すなわち、光、闇、愛、古、火、風、毒、美、刃、音、石、虫、木、獣、水、雷。
一般的にと述べたように、これ以外にも属性が存在する。
そして、プレーン。
この世界の法則として、属性の数だけプレーンは存在する。
その中から、一つを選べと言うのはとても難しい事だった。
素直に自分の属性について調べればいいのだろうが、自らがそれを良しとしなかった。

―私の中には、闇の精霊の血が流れているの―
かつて、その言葉を口にした頃の私こそが最も己の血を、自分を嫌っていたのかもしれない。
今も、素直に受け止めて手放しに好きだなどとは言えない。…言える訳が無い。
ほんの少し、唇を噛む。
犠牲も、自らがなした過ちも、無くなった訳でも忘れた訳でもないのだから。
「それでも…今までの私とは、もう違うわ。」

―あの日弱くて叶わなかったけれど、今の私はあなたを信じている。
シャルドネ。あなたが守ろうとした私を、私も信じたいの。―

だから自分の血や、好悪に囚われて調べない訳ではない。
何か、そう何か。
引っ掛かるものがあるのだ。

ふと、我に返ると何時の間にか部屋に戻っていた。
その後も、考えていても思い当たらず。ヴァニラは気分転換に、別の本を読むことにした。
適当な本を本棚から一冊取り出して、読み始める。
何度も何度も読み返した本。大切な本。
この本をくれたのは、他ならぬ彼女の弟だった。
牢の中にいた彼女を助け出してくれた、ガナッシュ。
もう一度、この魔法学校へ通えるようになったのは彼らのお陰だった。
無論、今の彼女があるのも。
そう言えば、とヴァニラはその本を閉じ、表紙のタイトルを見た。
「やっぱり…」
それは、属性の名だった。
一般的には全く知られていない、属性。
光よりも尚輝き。闇からなる夜に存在する。
至高にして究極。選ばれし者のみが扱えるという。

――星――

よく考えてみれば、ヴァニラは今まで星の魔法を扱える者を見たことがなかった。
この学園には、多くの属性の魔法使い達が集まっていると言うのに。
いるのだろうか?そんな者。
使えるのだろうか?そんな力。
しばらく、ほんと見つめ合いやがて決心した。
「調べてみようかしら…」
ほんの少しの興味。
それが今の状況を招いたのだった。

そう、この時私は
星を探して、月さえ無い闇夜に迷い込んでしまったのだった。

第2話

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