―――始まりの音色―――

そんなに長い時間ではなかったけれど
色々な話をした気がする。
その時は、まだ知らなかった。
―再び会った時、自分達がどうなっているかなんて―


「お姉様〜、お姉様〜」
「…いい加減、煩いから黙れ!」
未だに呪詛のように呟きつづける幼き女公爵に少女が、否、少年が堪らず怒鳴った。
流れるような水色の長髪、整った顔につり目がちな濃紺の蒼い瞳。
まるで、美少女の様な少年、イルアはその表情を不機嫌そうに歪めていた。
「なっ…!黙れとは何事か!唯、シャルルはお姉様を待っておるだけじゃ。」
「お前は静かに黙って待つことが出来ないのか!」
「仕方がないじゃろう。自然と声に出るのじゃから。」
「理由になってないよ、シャルル…」
一触即発なシャルルとイルアを見て、
横から呆れながらに口を出したのは幼さを残した少年だった。
深緑の帽子を目深に被り、闇の法衣を纏った少年、
ファル=ダージリンは茶色い髪の下の翡翠色の瞳で2人を見つめる。
「それに、イルア。さっきのシャルルよりも君の方がちょっとうるさいんじゃないかな?」
「ぐっ。確かにそうかも…」
「そら見たことかじゃ!」
ファルの言葉に納得し、反省したイルアをシャルルはここぞとばかりにせせら笑う。
「シャルル、君もだよ。きっとアイシャがいたら呆れられちゃうかもよ?」
「うぐっ。あ、あぅー。……分かったのじゃ、大人しく待つのじゃ」
「分かれば宜しいってね。大丈夫、もうすぐ戻ってくるから。」
反省し、同時に少し落ち込んでしまったシャルルをなだめるファル。
他の同乗している生徒達は、静かになったとほっとする。
そして、各々が中断した雑談や読書に興じ始めてしばし経つと、
「遅くなってごめんなさい!」
彼の言った通り、待ち人であったアイシャ達が戻ってきた。
水を得た魚のように女公爵が彼女に飛びつき、彼女はそれを苦笑交じりでなだめた。
他の生徒はそんな見慣れた光景は放っておいて、彼女の後ろの1人の少女に注目していた。
深海を思わせる色の髪と瞳を持つ、見慣れぬ少女―海雪―に
「なぁ、そっちの奴は誰だ?」
金色の髪を頭上で束ねた、子供っぽさが若干残る顔立ちの少年、キルシュは
興味津々といわんばかりに翡翠の瞳でじっとその少女を見つめた。
まるで、動物園の動物の気分、と海雪は肩をすくめる。
「彼女は海雪さん。私たちと同じで臨海学校に行かれる方ですよ。」
海雪の肩をぽんと叩いて蒼銀の少女、レイルは優しい声色で説明した。
「でも、別のクラスの方じゃ有りませんの?」
至極最もな疑問を、淡い桃色の髪と瞳の愛の大使―ペシュ―は口に出して問い掛けた。
今ここにいる生徒は、彼女を除いて皆マドレーヌクラスの人間なのだから。
「そうだよ。詳しい説明はそこに居る校長から聞いてもらえると嬉しいかな。」
『え!?』
海雪がため息混じりに指差した方向―バスの運転手席のすぐ近く―を見ると
そこには彼女の言うとおり、校長であるグラン=ドラジェが佇んでいた。
「い、何時の間に…?」
丁度運転手席の近くの席で、本を読んで居たブルーベリーは驚愕した。
本を読んでいたとはいえ、こんな間近に人がいれば気付くはずなのに気付けなかった。
そして、それを離れた場所にいた海雪が気付いた事もまた驚くべき事だった。
「ふむ。わしが驚かそうと思っていたのに…まさか気付くとは。
まぁ、良いじゃろう。そんな君だからこの臨海学校に参加させたのじゃからな。」
仕込んでいた手品を見抜かれたかのように、彼は苦笑する。
「…?それって、どういう」
「えー、皆さんにお話があります。
今回のキャンプは、皆さんの魔法の力を見ぬくテストでもあります。
したがって、キャンプ途中で根を上げて帰って来たりした人は………
その場で退学!この学校から去ってもらいます。
ちなみに、わしがここで、こんな話をしたことはマドレーヌ先生には内緒にしておいて下さい。以上!」
海雪の質問を遮って校長は一息にそう言ってから、息切れしたらしく呼吸を荒くしている。
冷静さを保っていたならば、年なんだから自重しろ、と声がかかったかもしれない。
生徒達は最初何のことだかわらないといった様子で混乱していた。
そして間を空けてから、
『はぁ!?』
と全員一斉に叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなの聞いてないですよ!?」
「そりゃあ、そうじゃ。本当はこの事は、生徒には内緒になっておるんじゃが
君達には特別に教えたんじゃ。」
シードルの意見にもあっけらかんと答えるグラン=ドラジェ。
「強引な上に横暴だなんて、救い様がない。」
うろたえもせず、ただ深々とため息をつき海雪は呟いた。
「相変わらず君はきつい事を言うのう……全ては、君達のためなのじゃ。分かって欲しい。」
先ほどとは打って変わって真摯な様子の校長を見、ファルは何か考え込んだ。
それからすぐにはっきりしとした強い声で宣言した。
「校長先生。僕達は大丈夫です。
だって、僕達には頼りになる先生と仲間がついていますから。」
その言葉は周りで慌てふためいていたもの達を落ち着かせた。
まるで何か優しいものにつつまれたような気になるほどに慈愛に満ちた、けれど力強い声だった。
「そうだよね、皆?」
振り返りいつもの調子でクラスメイトに問うと、皆その通りと言わんばかりに頷いていた。
先ほどの不安を微塵も感じさせないほど、強く頷いていた。
「…よろしい。では、わしはそろそろ失礼するよ。」
「あ、ちょっと待った!」
今にも立ち去ろうとする校長の腕をがしっと掴み、引き止めた海雪はにっこりと満面の笑みで
すぐ側にいた校長にしか聞こえない声で「臨海学校から帰ったら、覚悟しといて下さい。」と脅しを掛けた。
先刻、泣いているカベルネと出会った時に次に会った時は問答無用で一発喰らわせるつもりだったが、
今、これだけの人の前でそんな事をすれば大騒ぎになるだろう。
そして何より、彼の校長としての立場を尊重して、帰った後にしようと海雪は決めたのだった。

今すぐではないかわりに、最大限に脅しておいて。

「うーむ。年寄りは大切にして欲しいんじゃが…しかし、まぁ、覚悟しておこう。
君が無事に戻ってくるのを、わしは待っておるよ。」
掴まれていない方の腕で、彼は少女の帽子をぽんぽんと撫でた。
撫でられた海雪は露骨に嫌そうな顔をしてから掴んでいた腕を放し、校長を解放した。
嫌な顔をされた校長は大して傷ついた様子もなく、そのままバスから降り、学校へと戻っていった。

その姿を再び見ることが出来るのは随分後になるとは誰も知らずに、皆は校長を見送っていた。

第4話

最終話

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