―――始まりの音色―――

「そして少年少女達は学び舎から飛び立つ。
その羽ばたきは、やがて世界を揺るがす可能性を秘めているとも知らず
ただ、小鳥達は空へ舞う―…なんて、ね」
「爺くさいわよ、それ。」
校舎の一番真上、鐘撞き場に二人の少年、少女の影があった。
誰にも気付かれぬように、そっと彼等の始まりを見つめている。

隣でまるで舞台の上の役者のように大げさに動く少年に、鋭いツッコミを浴びせる少女。
やれやれとため息をついて、彼等の乗った魔バスを見下ろす。
もうすぐ、時は動き出す。

―私達は、ただ見守るだけだけど。―

ほんの少し、ぎりっと歯を食いしばる。
この学園の校長たる、老紳士―グラン=ドラジェ―が何を考えているか、その真意は知らない。
けれど、ただ一つ分かっている事は彼等を大きな渦の中に巻き込もうとしていることだ。
下手をすれば、二度と帰ってはこれない大きな渦に。

「止めなくて良いのかい?」
掛けられた声に少女ははっと現実に引き戻される。
いつの間にか背後に回った少年が耳元で囁く。
悪魔のように甘く、優しく。
きっと、彼の顔は笑っているのだろう。

―本当に、嫌な奴。―

「…止めてどうなるって言うの。
今回止めても、また次が。次を止めても、その次が―…堂々巡りよ。
だったら、あの校長の気が済むようにさせればいいわ。」
「ふーん?君の事だし、彼女を巻き込みたくないって思ってると思ったんだけど。」
「巻き込みたくないわよ。でも、過保護じゃいられない。
あの人には、強くなって欲しいもの。」
ぎゅっと、傍らの杖を抱きしめる。
先端に星の飾りが着いたもの。選ばれし者のもつ杖。
「あなた、絶対にちょっかい出さないでね。」
悪戯好きな少年に釘を刺す。
彼は肩をすくめて、了解。とつまらなさそうに言う。
納得していない様子に、彼の行動を警戒しなければと決める。
「それにしても。見送りが爺さん一人なんて、あの子たち可哀想だよねー
どうせなら、もっと派手に見送ってあげれば良いのに」

―この先に待つものを知っているからこそ、気遣うべきだ。
せめて、辛い現実の前には楽しい夢を見させてやればいい。
下手に絶望されても、諦められても困るし―

「馬鹿ね。そんな事したら、何かあるって言ってるようなものじゃない。
唯でさえ、校長の凡ミスであの海雪って子、何か勘繰ってるみたいだし。」
「あぁ、あの子か。
彼女も随分と特殊みたいだね。
…生い立ちも、存在も、ね。」
目を細め未だ止まったままの魔バスを見下ろす。
ばらばらな子供達の行く末は、けれど今は一つだ。
「…何人、生き残るかな」
「全員よ。…その為に、私達がいるんだもの。」
―それに、彼女も―
亜麻色の髪の、彼等を引率する女性を思い浮かべる。
彼女もきっと、自分達と同じように彼等を守るためにあるのだろう。

凛とした少女の強い眼差しが、少年を射抜く。
邪な心の持ち主なら、萎縮しそうなほど強い光が。
「ま、そりゃそうだ。なるべく接触しないようにっていうのが、つまんないけど。」
けれど、その強い瞳にうろたえることなく、少年は肩をすくめる
あんなに可愛い子がいっぱいいるのにおあずけなんて、と少年は心の中で呟く。
―が、無意識に声に出していたらしく
「何言ってんのよ、あなた!!!」
叱咤と共に蹴りが飛んできた。
「うわ、ちょっ…!」
寸での所で避けたのだが、他のものまでは意識が回らなかった。
そう、彼の背後にあった鐘にまでは。

ゴンッ
ゴーン
ゴーン

ごちんと頭をぶつけた鈍い音の後に、腹に響く鐘の重低音が響き渡る。
あまりの痛みにのた打ち回る少年に、容赦の無い踵落しの追撃が落とされる。
「痛っー!!!ここまでする事ないだろう!?」
「黙りなさい、この馬鹿!気付かれたらどうするのよ!!」
反論しようと顔をあげようとすると、頭を押さえつけられ低姿勢を強要される。
「いい?私達の存在は、あの人たちに知られると面倒なの。
あくまで内緒で守ってあげなきゃいけないのよ。」
思わず、面倒なのは君とあの人だけだろう。と言いかけて口をつぐむ。
また蹴られたりするのはご免こうむる。
「ま、でも。見送りの鐘の音なんて粋なんじゃない?」
完璧に予定外の事故なのだが、とりあえずは痛む頭をさすりながら正当化してみる。
でないと、余計に怒られるだろうし、何より自分が報われない。
「…予想してなかったくせに。あっ」
小さくあげられた声に、彼女の視線の先を追う。
見下ろせば、魔バスが破壊音を撒き散らし校門をぶち破って出発する所だった。
「「……」」
思わず唖然としてしまう。
つーか、学校の設備を学校の人間がぶち破るか普通。
「…豪快ね。」
何とも言いがたい表情になり、やっと言葉を吐き出す少女。
少年の方も同じ表情をしている。
何だか色々と馬鹿馬鹿しくなった気がする。
「俺達も移動しますか。」
「そうね。」
少女が頷き、同意すると少年はしゅんっと姿を消す。
ワープ魔法で移動したのだ。
一人鐘撞き場に残された少女は、小さく誰にともなく告げる。

「始まってしまったわ。
どうか、あの人たちの行く末に幸あらんことを。」

それは祈り。
その時の彼女の姿は誰かに似ていた。
旅立った子供達の、誰かに。



そして、旅立ちを告げる鐘の音に見送られ
子供達は様々な想いを胸に秘め、旅立った。
その鐘の音は、大きな物語の始まりの音色とも知らずに

第5話

あとがき

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